高野京介ブログ

ゲーム音楽が好きなギタリスト SuiseiNoboAz / ゲスバンド / 古都の夕べ / ex.うみのて

日本にカートコバーンはいない、だが、野比のび太がいる

彼の涙を神は大地に落とした、それは恵みと慈しみをもたらし
あるいは人を溺れさせる濁流ともなりえた
YOSHIKIはそれをENDLESS RAINと呼び歌にした
のび太はグランジ

日本のヒップホップが陳腐な家族愛を描くに堕した
その経緯を詳しくは知らない。興味もない
だが彼らが描く薄ら寒い世界観には、絶望が致命的に描けている
永訣の朝

重力/NOTE マリア/首 観劇の感想にかえて 
2009年02月08日12:17
財布を忘れ、それなのにも関わらず人に酒をたかり、中野から家路を千鳥足で朦朧とする午前2時過ぎ、寒さと嘔吐の予感に喘ぎつつもひどく幸せであった、性欲と軽薄さこそが持ち前の武器であるのにも関わらず、一切戦わない日和見を続けている。何一つよろしくないといつから言い続けている。部屋の鍵は空いてなかった。財布の中だ。極寒の廊下に寝る、好きな子が溶ける夢を見る。夢の中すら、やらしいことをしでかせない。翌朝秋葉原を歩くと、都市について少しだけ思う。まんだらけで外国人が駕籠慎太郎を買っていた。ゲイの友人だけが僕のダッフルコートを英国産だと気付いてくれた。そうさ、中学生の頃から使ってる緑のダッフルコート。僕らは珈琲の味がわからないので、いつもココアを飲む。赤頭巾は狼と、教授は勤勉な女生徒と、幼馴染はクソ野郎と、初恋の人はIT関係者と、紅一点は作曲者のギタリストとできている。それは憂うべき事態ではなく、ただの前提。だからゲイなのか?違うだろう。彼らがゲイであるのは、女性の代替物として同性を捉えてるわけじゃない。二次元が三次元の女の代わりではないように。どっちもいい!といえるほど毛深くなってしまっただけの話。僕は遺影を作ろうと思う。体重が60キロを割ったら、撮影してもらいにいこう。僕は25歳。選ばれた奴ならそろそろ死ぬ。日曜日の朝、爽やかだ、なんて自殺日和。だが、死ぬくらいなら殺す! サブカルギャル男から吉祥寺のバサラブックス前で盗み聞いた話だが、メアドを漫画のタイトルや曲名にしてる女は落としやすいらしい。ホント? 抱かれてる最中に他の誰かを思うことはある?と聞いてみた。後ろめたさの正体をあばきたいんだ。くらげになりたい。赤い魚を想像している。光に透けてみえる心臓。次の瞬間、小劇場の役者だった僕は演出の背の低い男を蹴飛ばす。きっと、みんな空気を読み僕を羽交い絞めにしようとも、拍手喝采を送りたいはずだ。阿佐ヶ谷はいい街だ。初恋の人が住む街でデートをする。僕にはもうよりかかるトラウマなどない。最初からない

本当に泣きたい事を書くわけがないだろ!バカ!
日記に書けないような事ばかりしてるに決まってる
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