高野京介ブログ

ゲーム音楽が好きなギタリスト SuiseiNoboAz / ゲスバンド / 古都の夕べ / ex.うみのて

死について
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2002年4月8日 母と

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200X年、最低だった。
軽音楽部もなかった高校では、帰宅部と幽霊部を兼部し、学校はさぼりまくっていた。ギターは少しずつ上手くなっていったが、もっと上手い同級生がいた。
女の子ウケのために運動神経皆無のクセにラグビー部に入った。運動部に入ったら少しウケはよくなった。加速度的に成績は落ちていった。
363人中360位。下の3人は中退か留年した。

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インターネットを繋ぐとお金がかかり続ける時代の話。
古本屋で買ったクイックジャパン、岡崎京子、山本直樹を何度も読み返す。

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文系、といえば聞き覚えはいいけど、要するに数学ができないやつだった。
学びたいことがあったわけでも、芸術に憧れがあったわけでもない。
ただ、東京に行けば、田舎から、逃げられる気がした。
ガールフレンドも進学のために上京するというので、国語と英語の成績だけで入れる、東京の私立大学に潜り込んだ。合格発表の翌日、その子には振られ、国道4号線沿いの吉野家で2000円ほど爆喰いし、ウイスキーを一本一気飲みしてゲロと涙の海に溺れかけて鬱病になった。
まだ「メンヘラ」という言葉もない時代。
世界は核の炎に包まれればいい。

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鬱高野、18歳、上京。
希死念慮って単語、その頃知らなかったけど、人間不信と情緒不安定で自律神経がボロボロになって大学に馴染めるわけがない。法に触れない薬に頼る。
サークルに入る勇気もなく、大学で週7でバイトをいれた。次々とクビになった。

なのに、こんな自分だけど、地元から高野とバンドを組むために上京してきた友人がいた。
彼はマリリンマンソンやNIN、(その頃の)ドラゴンアッシュやリンキンパークやラムシュタインやスリップノットやロブゾンビといったヘビィな音楽、の真似事をしていた。



で、その頃の自分はというと、10年遅れくらいで、はっぴいえんどとか、たまみたいな「ブックオフで値崩れしない音楽」を聞き始めたり(うーん…このスタンス…)、当時流行ってたエモとかエレクトロニカとかポストロックを御茶ノ水のレンタルショップ「ジャニス」で漁り続けてた。
ロックンロールリバイバルって単語にも騙されてた。



自分が日本のチベットとか呼ばれてるところから上京してきたことを棚にあげていた。
というかコンプレックスだった。言葉の訛りもごまかせてなかった。
寝る間も食費も惜しんで音楽を聴きまくらなきゃダメだと思いこんでいた。
YouTubeもない時代のお話。

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東京に行けば、みんなとフィッシュマンズやフリッパーズギターやボアダムスや町田康の話が出来ると思ってた。そして何よりナンバーガールにドハマリしていた。



若者の面倒臭いところだが、ナンバーガール好きそうな人とはつるみたくなかった。大学に入ってまでコピーをやるのは違う気がした(ヘタなくせにね。今ならやりたい)。
軽音楽部のチャラ男も、多分自分と似たような気持ちだったであろう笹口とすら、仲良くできなかった。
リンキンパークなんて聞いてる奴は頭悪い田舎の輩だと思っていたんだ、あの頃は。

東京は情報地獄だった。完全に毒されていた。妙な選民主義は時代のムードじゃなく、病気に近かったんだと思う。要するにその頃、とにかく音楽に疎かったんだ。ゲーム音楽とV系が好きだ、なんて言ったら、センスの悪いやつだとレッテルを貼られる気がした。今ならやっと、自分の趣味嗜好は、尊い個性だと素直に思える。



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久しぶりにリンキンパークを聴いた。密度の高いディストーションと伸びやかなボーカルが丁寧に録音されていた。ハイブリッド・セオリー。その単語そのままのような音楽だった。色々な日々を思い出すくらいに身体が曲を覚えていた。



病んでた高野に耐えきれず「ここでバンドやめる。」なんて言わせてしまったヒロシ。ディルアングレイの追っかけの女と付き合ってボロボロになってった超絶技巧メタラーのユウキ。V系の縦社会に馴染めず、大検をとって大手企業に入ることを選んだタカシ。レッチリが好きだったのになぜか寿司職人になったヒロアキ。地方妻だったあの子は地元に帰り母になった。なあ、あんな俺が今度THA BLUE HERBやZAZEN BOYSと2マンするんだぞ(敬称略)。人生って何があるかわかんねーよな。


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最近、死んだ、とネットに関係者が発表してた人、その本人からまさかの連絡が来た。自分が死んだ、ということにするならわかる。僕ですら、たまに何もかも放置して消えたくなる。インターネットは誤解を拡散させるのが得意だ。死んだふりくらいいくらでもできるだろう。自分からバラすのはよくわからなかった。呪いみたいなDMだった。なにかしら返信をしなくてはいけないと思ったが、ブロックされてたのかアカウントを消していたのか送れなかった。だからここに書きます。どうせみんな死にます。僕も。逃げても、恥まみれ罪まみれでもいいじゃないですか。自分が誰かの黒歴史だとしても、みんなの大好きな人に拒まれたとしても、それを差し引いても、ラーメンは美味しいしカレーも美味しい。未練とか置いてきいきましょうよ。ブログや裏アカに。やりたいこと、やったもん勝ち。青春なら。つーか青春じゃなくても。評価されなくても、嫌われても、負けてても。だから、自分なりにやりたいことをやってます。あの頃できなかった、真っ黒な春を、最高の夜を、取り戻しに。死ぬ自由もあります。でも、できるならどうかお元気でいてほしいっすよ。さようなら。
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