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10年間欠かさず毎年、振られた女の子に0時0分におめでとうって送ったり2時26分に送ったりしてた。今年はやめた。そういう行為が仮に切実だったり真剣だったり本物だったりしても、最適だというわけじゃない。気付くのに10年かかった。結局その子が再び自分を向いてくれる事はなかった。「全てを捨て、それでも残ったものを100%ぶつけても振られた」18歳の自分はそう書いていたが、過去の自分がひたむきで、惨めでボロボロだった時代を青春とか若さ故の過ちとか言って美化したいとは思わない。太りゆくアラサー無職バンドマン、それが僕だとしても、今の自分が一番マシなんだ、少しずつ取り戻したり獲得して来たんだ、と思う。この日はフライヤーを100枚刷ったり切ったりするのが大変で結局無善寺とロフトをはしごしようと思ったけどできなかった。新宿ロフトはたいへん大入りで、曽我部恵一BANDはサニーデイサービスの青春狂想曲とかやってたし、太平洋不知火楽団は大御所に負けず劣らずの演奏ではしゃいで歌ったり飛んだりしてるのを見られたりつぶやかれたりして恥ずかしー。一緒に演奏してる笹口を客席から観るのは不思議な気分になっていつまでも慣れない。

結局フライヤーは100枚全部受け取ってもらった。よかった。

 

この動画のどこかで暴れまくってる僕もいるかも